セカイにひとり

第三章「ひとりぼっちの魔法使い」 前編

(World Line Kigumi-F)

 

みんなを助けると決意はしたけど、なにをしたらいいかわからなかった。ひとまず思い出したことを全部ノートに書き出すことにした。また忘れてしまうことがないように。

まず、私自身を再確認。保登心愛、17歳の高校二年生。この時点で、すべてを思い出す前の私と食い違いが起きていた。この世界の私は16歳、高校入学のためにこの街に来てまだ一か月しか経っていない。お姉ちゃんとお兄ちゃん二人、 お母さん、お父さんの六人家族。家はパン屋さん、自分で言うのもちょっと恥ずかしいけど、美味しさは一番!

私の大切な妹・チノちゃん。名前は香風智乃。15歳の中学三年生。サキさ んとタカヒロさんの一人娘にして、ラビットハウスの看板娘。出会ったばかりの頃は無口で笑顔をみせてくれなかったけど、次第にとてもかわいい笑顔を見せてくれるようになった。チェスとパズルとボトルシップが趣味。

ラビットハウスで働く先輩・リゼちゃん。名前は天々座理世。18歳の高校三年生。初対面で命のやり取りをした……というのは冗談だけど、下着姿のリゼちゃんに銃を向けられたのがいい思い出です。かわいいもの好きなところにシンパシーを感じるよ。

ラビットハウスの良きライバル・甘兎庵の看板娘である千夜ちゃん。名前は宇治松千夜。私と同い年で高校一年、二年と同じクラスだった。千夜ちゃんの作った栗ようかんに引き寄せられてお友達になりました。

千夜ちゃんの幼馴染・シャロちゃん。名前は桐間紗路。同い年で同じ学年。ごきげんようが挨拶になっているお嬢様学校の特待生で、アルバイトを掛け持ちしつつ慎ましやかな生活をしている苦労人。陶磁器に目がなく、コーヒーカップなどを見て気に入るとつい買っちゃう。リゼちゃんが大好き。

チノちゃんのクラスメイトその一・マヤちゃん。確か名前は条河麻耶。元気いっぱいの私の妹! チノちゃんいわく、頭が良くて、お嬢様学校に進学することになっている。

チノちゃんのクラスメイトその二・メグちゃん。名前は奈津恵。メグちゃんも私の妹です。おうちがバレエ教室で、メグちゃん自身もバレエが得意。マヤちゃんともどもお嬢様学校に進学する。

チノちゃん・マヤちゃん・メグちゃんの三人組を、リゼちゃんは「チマメ隊」と呼んでいた。

タカヒロさん、青山さん、凛さん、千夜ちゃんのおばあちゃんは、私が知っている姿と変わらなかった。問題はティッピーと……サキさんだった。

ティッピー――チノちゃんの頭を定位置にしているうさぎさん。もふもふしている。ダンディな声で話すのはチノちゃんの腹話術だった。ティッピーはこの世界のラビットハウスにはいなかった。

そしてサキさん。私の元の世界の記憶にはいない人。この世界でタカヒロさんと夫婦になっていて、顔の感じがチノちゃんに似ているということは、亡くなったチノちゃんのお母さんなのではないだろうか。

次に、私の認識と食い違っている時間経過の整理をしよう。私の記憶にあるのは、高校二年から三年になる間の春休みの記憶が一番新しい。来週から木組みの街を出てみんなで旅行に出かけることになっていた。ところが、今私がいるのは、高校一年の春。だいたい二年の食い違いが起きている。もしこれが並行世界への移動のせいで起きたなら、みんなのいる並行世界の時間もバラバラにずれている可能性が高い。

ノートがだいぶ埋まった。夜も遅いことだし、今日はこのあたりまで。明日は月曜日。

 

朝。サキさんに起こされた。目覚ましを止めて二度寝してしまっていた。遅刻にはならないので大丈夫だったけど。高校に来て、私の中では、今いる世界の記憶と元々の世界の記憶が共存していることに気づいた。クラスの名簿を見ると、千夜ちゃんがいなくて一人減っていることを除くと、全員が元々の世界の記憶通りだった。……なんで自分の中で二年前のことを覚えているかって? 記憶力にはちょっと自信があるのです、えへん。でも歴史年表は覚えられなくて成績が良くないのです……

授業の時間中、どのようにしたら並行世界へ行くことができるかを考えていた。そうしていると、不意に肩をたたかれた。

「保登さん。授業に集中してくださいね」

「――えっ、あっ、すみません」

当てられていたのに気づかなかった。幸い私には元の世界で授業を受けた記憶がある。つまり一年生の最初の方の授業なら楽勝……あれ? この英単語の意味なんだっけ?

結論。元の世界に戻ったら英語や国語を復習しよう。

その後はきちんと授業を聞き、放課後を迎えた。

「おうおう嬢ちゃんちょっとツラ貸しな」

「ピッ! いきなり怖いよ!」

「アハハ、まあちょっと付き合ってよ」

「わかった!」

委員長ほか、ふたりに誘拐? されちゃいました。

四人でお洋服屋さんや雑貨屋さんなどをウィンドウショッピングして、でもアルバイト代はまだ入ってないからちょっと我慢して、街を歩き回ること小一時間。そろそろ足が疲れてきたので喫茶店に行くことになって、

「委員長がフルールで、ココアちゃんがラビットハウスだったよね? じゃあそのふたつ以外のお店を敵情視察しに行こう!」

「賛成!」

という、喫茶店組以外の意見で行き先が決まりました。そういえば元の世界でも、千夜ちゃん以外の学校のみんなを連れてきたことはなかったなあ……。

近くにあった個人でやってるお店に入り、それぞれコーヒーを頼んだ。今日はカプチーノにしようかな? タカヒロさんみたいにダンディなマスターが、一杯ずつ丁寧に淹れてテーブルに届けてくれた。

「うーん、おいしい!」

「喫茶店のアルバイトにしては、ずいぶんあっさりした感想ね……」

「えへへ」

「まあ、ココアらしいといえばココアらしい」

「一応いろいろと考えながら味わってはいるんだよ? 時々淹れるお仕事もするから、技術を養ってるんだー」

「ちなみに、どのくらい技術は身についた?」

「サキさんから『もっとうまくなる素質があるわ』って褒められたんだ、えへへへへ」

「自分で飲んでみた感想は」

「…………」

目をそらした。いろいろと察されちゃった。もちろんお客様にお出しできるレベルにはなったんだけど……チノちゃんにはダメって言われそう。

「……うん、やっぱり。ココア、悩みがあるでしょ。それも特大の」

「え、そそ、そんなことないよっ」

なんでばれてるの!? 顔に出てた?

「その顔は嘘をついている顔ね。泣いた跡が隠しきれてない」

「これは昨日ごはん作るときに玉ねぎをたくさん刻んだからで……」

「授業でもうわの空だった」

「今日のごはん何にしようかなって……」

「お昼ごはん食べた直後にも考えるの?」

「う……」

みんなに心配かけちゃいけないと思って、なんとか取り繕おうとしたけれど、失敗……。

「まあさ、人に言いにくい悩みだっていっぱいあるけどさ、せめて気を紛らすくらいはさ。たとえばうさぎをモフるとか」

「うん……」

「なにか話せることがあったら、いつでも相談してね?」

「ありがとう……」

喫茶店からの帰り道、委員長と私だけになったときに尋ねてみた。

「ひょっとして、私のため? 今日みんなで遊んだの」

「いつも明るさ85パーセント、憂い15パーセントくらいのココアが、憂い60パーセントくらいになっていたから」

「やっぱり、わかっちゃうんだ」

「そりゃあね、ココアは明るさと嬉しさが全身から溢れ出しているのが普通だから。誰でも分かると思うよ?」

そんなココアが大事だから、笑顔になれるためならなんでもするよ。委員長はそう言ってくれた。かなりうるっと来た。

夜、昨日いっぱい書いたノートを読み返した。この世界の木組みの街をいろいろとめぐって、みんなの手掛かりを探し出そう。

 

寝ようとしたとき、また携帯電話にメールが入った。ちょっと前に見たのに似た、大部分が文字化けした変なメール。でも、前回より読める部分が多くなっていた。

 

『これが108回目の送信になります。私は(私も?)保登心愛です。これだけだと怪しさ満点のメールにしか見えないと思うのですが、騙された気になって読んでね!』

 

「何、これ……?」

新手の迷惑メールなのかな。でもそれだとメールアドレスだけじゃなくてフルネームももれちゃってることになるよね。続きを読めと言われたが、その肝心の続きがかなり文字化けしていた。ひとまず読める部分を拾い読みしていくことにした。

『……みんなは並行世界にいて、そっちの私がいる世界にはみんなはいません』

『助けられるのはあなただけ。……困ったときは青山翠さん、そっちだと青山ブルーマウンテンさんという方がとおりがいいかな? 彼女に相談すると万事うまくいくと思います。』

『こちらからも電子メール?(っていうんでしたっけ?)と電話? でサポートしていきます』

まるで今の私が置かれている状況を見抜いているかのような、私を名乗る誰かからのメッセージ。怖くなって思わず携帯電話を投げそうになったところに、突然着信があった。画面に表示された番号は普通の番号のようであって、でも間に変な記号が入っていたりして、ますます怖くなった。……でも、もしこの電話がこのメールの主からで、そしてメールに書いてあることが正しかったら、みんなを、チノちゃんを見つけ出す有力な手がかりになるかもしれない。そう思って、勇気を振り絞って電話に出てみることにした。

「……もしもし?」

『あ、やっとつながったー! ……コホン、そちら木組みの街の保登心愛さんでお間違いないでしょうか』

私に似たような、ちょっとだけお姉さんになったみたいな声が聞こえてきた。

「はい、そうですけど……」

『はじめまして。私も保登心愛です。あなたのいる世界とは違う、並行世界の、だけど』

並行世界の私? ココアさん? は、自分と同じ名前を名乗った。でもそれだけでは、私の名前を知っているただの他人である可能性が高い、というか99.99%その可能性しか考えられなかった。

『といってもいきなり信じられないよね。ま、怪しいお姉ちゃんがしゃべる怪しい物語と思って聞いてくれるかな? そちらの世界でいう電話代? はかからないし』

『まず、改めまして保登心愛です。私の世界でも実家は大人気のパン屋さんを営んでいます。年齢は25歳、あなたより確か8歳年上ね。そちらの世界線的には私の世界と10年差があるけれど』

「なんで私の歳を」

『知っているか、でしょ? 詳しい話はおいおいするけれど、ひとまず私はあなたのことを詳しく知っている、ということにしてね。街の国際バリスタ一流スパイ弁護士、なんてね』

ココアお姉さん(仮)の話が始まった。

『私の世界では科学技術がかなり進んでいて、並行世界の観測も最近になってできるようになったの。観測できるだけで移動とかはできなくて、こうして連絡を取り合うことも私の独創的技術力をもってして初めて可能になったんだけどね、えへん』

「すごいですね……」

『その声はなにひとつわかっていない声だね? でもお姉ちゃん許しちゃいます。こうして並行世界の私ときちんと話せたのは嬉しいから!』

『それで、私があなたに連絡を取ろうとしたのは、あるイレギュラー事象を1か月前に観測したから。この世界、世界線の群は、何かあるたびに枝分かれをして、その先に交わることはないんだけど、1か月前に、あなたのいる世界がほかの複数の世界線と交錯……というか衝突したんだ。その際に、あなたの大切な妹たちやお友達が巻き込まれて、バラバラの世界線に散ってしまった』

「ちょっと待ってください。その、世界が衝突したとかなんとかって」

『ひとまず、今のところの理解は、みんながあなたの世界からいなくなってしまったけど、別の世界で生きている、という感じでいいよ』

「やっぱりみんないなくなっちゃったんですか」

『そうね』

「その、私の世界の青山さんにも聞いたんですけど、並行世界って本当なんですよね」

『ええ』

「でも、移動はできないって」

『できない』

「じゃあ、みんなはどうなっちゃうんですか!? もう二度と会えないってことですか!?……そんなの、やだよ……みんな……チノちゃん……」

『希望は、あるよ』

「なんですかっ」

『それは、あなたとあなたの世界だけが可能かもしれないことだと思う。世界の衝突というイレギュラーな事象とその影響に対するカウンター。まず、あなたの世界から消えてしまったものを見直してみるといいかも』

「……わかりました」

『これからの事態はとても解決が難しいものだと思うんだ。でも、私の方から最大限サポートをするし、あなたの世界の青山さんはとても頼りになる人だから』

「その、みんなを助けられるんですよね」

『うん。あなたなら、きっとできるよ。いつものあのセリフ、言ってみよう?』

「お姉ちゃんに、まかせなさーい……っ」

また、目の端から涙がこぼれた。昨日誓ったはずなのに、この戦いはひとりぼっちだって。そのときよりも事態は少しよくなった。助けになる人が二人増えた。でも怖い。もし助けられなかったら。自分がこの世界でただひとり生きていくより、みんながそれぞれの世界でひとりぼっちになっていることのほうがつらかった。

『そう、あなた……いいえ、私たちはみんなのお姉ちゃんだから、みんなの笑顔を守るために、できることをしていこう』

「うん……」

『さて、まだ時間ある? よかったら、ちょっとお姉さんの話聞いてくれない?』

「その、明日学校なので、少しだけなら」

『1日くらい休んじゃえ! ……とはいかないか。私たちって一見底抜けのバカみたいに 見えて、真面目なところあるしね』

「人から言われるとちょっと恥ずかしいな」

『ま、根を詰めすぎないようにやっていこうね。それで、私は一応街のバリスタ弁護士に なったよ! でもね、ちょっと聞いてくれる? 事務所の上司がね――』

ココアお姉さん(仮)の世間話のような、仕事の愚痴のような一方的なお喋りはそれから1時間近く続いた。ちょっと疲れたけど、久しぶりにちょっと笑えた気がした。

 

翌朝、目覚ましでは起きられず、サキさんに起こされた。時間に余裕を持って起こしてくれたので、パンをくわえて高校まで走るような真似はせずに済んだ。この前読んだ本では、曲がり角で何かとぶつかって異世界に飛ばされちゃってたから、ちょっと試そうかなと思ったのは内緒。うっかり、本当に知っている人が誰もいない世界に行っちゃったら困るから。

まず、昼休みに校舎の中を探検することにした。千夜ちゃんにつながる手がかりがどこかにあるかもしれない。私と千夜ちゃんはだいたいいつも一緒にいたから、私の知っているどこかにあるはず。教室、家庭科室、音楽室、図書室、体育館、探すところは結構多そうだった。ただ、休み時間のうちに入れるのは図書室くらい。まずは図書室かな。

図書室は結構広くて、本も多い。全部を見ていくようでは夏休みになってしまう。できれば千夜ちゃんが読みそうな本から先に当たりたい。千夜ちゃんは結構本を読んでる感じだったから、何かいい絞り込みは……

棚をめぐっていると、ふと一冊の本が目にとまった。『奇抜なネーミング指南』……千夜ちゃんのすごいネーミングって、こうした本を参考にしてるのかな? 本をぱらぱらとめくってみていると、ページの間からノートの切れ端が落ちてきた。

「お団子の言い換え……珠……真珠、宝珠。新メニュー名称案……」

中身がとても千夜ちゃんっぽい。手書き文字のかわいい感じも千夜ちゃんに似ていた。いきなり手掛かりを拾えて我ながらびっくりした。これを使って何を見つけられるかは全くわからないけど、今は何でも集めておきたい。みんながいなくなったこのセカイで、みんなが確かにいたことの証明が得られた気がした。

夜。今日手にすることができた手がかりひとつを、ノートに貼り付けた。一歩前進。とはいえ、まだ千夜ちゃんを見つけ出すには手がかりが足りない。ほかのみんなもまだ居場所がわからない。今週末あたり、青山さんにまた相談してみようかな。

残りの平日、新たな手掛かりは見つからなかった。